No.711 誓い
先日、ある社長から「一から育て上げた営業部長が辞めることになった」との連絡が入りました。
社長はここ数年、すべての判断が自分に集中する文鎮型組織から、製造部、営業部、総務部それぞれに部門長を置き、それぞれで判断できる体制の構築を図ってこられていました。
創業30周年を迎えた今年、何とか形になってきて、「さあこれから新体制でさらに成長させていこう!」と意気込んでいた矢先のことでした。
「理由はいろいろ聴いたが、本当のことはわからない」とのことでしたが、私の見るところ、「方向性のズレ」にあったように思います。
社長はとても優しい方で、できれば部門長たちの意思を尊重してあげたいと思っていたようですが、私は社長とその営業部長との間には、基本的に考え方やスタンスにズレを感じていました。話をお聴きする中で、社長が自分の考えや思いを押し殺すことで何とかバランスをとっていた、そんな実態が見えてきました。
しかし、“本音”は隠し通すことはできません。営業部長はその微妙な空気感に堪えられなくなったのではないかと思います。
理由はともあれ、退職の意思を覆すことはできなかったようです。
後日、総務部長を連れ立って来社された社長は、「やる気がなくなってしまった」と肩を落とし、「もう自分も年だし、今さら改めて人を育てるなんて・・・」と弱気な発言を繰り返されました。
そんな社長に対し、同席された総務部長が、痺れを切らしたように次のように話されました。
「何を言ってるんですか。社長は私よりもまだ若い。人生これからですよ」
と勇気づけると共に、
「私は社長が苦しそうに見えて仕方がありませんでした。組織という形をつくるために、思いが違っているのに我慢して受け入れようとする社長を見るに堪えませんでした。私は彼の退職は心から良かったと思っています」
と続けられました。
その発言に、社長は一旦驚かれたようですが、深く嘆息したのち、「そうだったかもしれない」と心の内を吐露されました。
そんな社長に私は
「もう一度、ゼロベースで考えてみませんか」
とお伝えしました。
社長55歳、まだまだしおれる年ではありません。そして何より、社長を心から支えようとする幹部がいる。これ以上、心強いことはないものです。
私は、渋沢栄一翁の
四十、五十は洟垂れ小僧
六十、七十は働き盛り
九十になって迎えが来たら
百まで待てと追い返せ
という言葉をお伝えした上で、「20年後、会社50周年、社長75歳までにもう一花咲かせましょう」と勇気づけました。
そして、もう一言加えました。
「「継ぐ気がない」と言っているご子息から、「親父の会社を継がしてくれ」と言われる会社にしましょう」
と。
「大変そうだけど、頑張ってみるわ」
と笑顔で帰って行かれる社長を見送りながら、物事は、起こるべくして起こるものだと再認識すると共に、自分自身、今後の人生に対して新たな誓いを立てる機会になりました。