No.729 仕事
開業20年を迎える税理士事務所の先生から、「廃業することになりました」との連絡を受けました。
開業以来の先生のスタンスは、「本業以外の出費はできるだけ減らしてあげたい。税理士事務所の顧問料もその対象。だから、トコトン切り詰めて、安く関与してあげたい」でした。そして、徹底した合理化・効率化から産まれた、お客様の業務負担も少なく、かつ低価格な関与形態が好評で、口コミによって順調に顧問先を増やされていました。
また、その発想から生まれた「会いません」という姿勢がコロナ禍にマッチし、さらに関与先数を伸ばしておられるという認識でしたので、廃業というお話は、まさに青天の霹靂でした。
廃業の理由は、先生ご自身の体調でした。低価格を追求した結果、先生自身がフル回転で動かざるを得ず、さらにその結果、人が育たず、任せることができない。「お客様のために」が、どんどん先生の首を絞めていくという結果になってしまったのだそうです。
私は、安価にできる仕組みを作られているものと思っていましたので、そのことにも驚きを隠せませんでした。
最終的に身体が気持ちに追い付かなくなり、遂に廃業を決意された。しかし、その後待っていたのは、「自分の方針の過ち」への気付きだったのだそうです。
廃業を決めたとき、一番の課題は、自分を頼ってきてくださったお客様を信頼できる先生に紹介し、円滑に引き継ぐことでした。しかし、どなたに声をかけても「うちの報酬体系には合わない」「そのやり方はうちではできない」と断られ、結局1件も引受してもらうことができなかったのだそうです。
「必要以上に安く提供してしまっていたことに初めて気づかされました」「お客様のためにと思ってやってきたけども、結局、収益を上げる努力を怠ってきただけだったのかもしれません」と、肩を落としてこれまでの反省の弁を述べられました。
結果として、お客様自身に次の税理士事務所を探してもらうことにされ、何とか残り10数件にまでなったとのこと。そうおっしゃる先生は、それでも肩の荷が下りた安堵感に包まれるように感じました。
「三方よし」という言葉があります。これは「売り手によし、買い手によし、世間によし」を意味するものですが、最初に「売り手によし」が来ていることに着目する必要があります。売り手が良くなければ、真に買い手や世間のためになることができない、そういう意味での順序であると認識する必要があります。
「自分が我慢すればよい」「自社が呑み込めばいい」一見、美談に見えるこの発想は、決して長続きするものではありませんし、結果として周囲を幸せにすることもできない。そのことを教えていただいたように思います。
「実は、税理士業務以外にやりたいことがありました。これを機に、その夢を叶えていきたいと思います」その前向きな姿に安心すると共に、第2、第3の人生が幸せであるようお祈りしつつ、事務所を後にしました。
私たちも、今の仕事のありようを見直す必要があるのかもしれません。これを機に、一度じっくりと考えられてはいかがでしょうか。