No.740 承継
先日、「息子の話を聴いてやって欲しい」というご要望を受けました。
社長71歳、ご子息42歳。社長としては75歳までに譲りたいと考えているものの、「本人にそのつもりがあるかわからない」と言います。直接お聴きになればいいのではないかと思うのですが、「いつも誤魔化されるばかりで、本音がわからない」のだそうです。
お話をしてみると、開口一番「辞めようと思っていました」とのこと。「社長は、自分の思い通りにしたい人。これまで私の意見なんて一つも受け入れてもらえていません。社長になったところで、それが変わるとは思えない。自分がしたいことをやるには、辞めるしかないと思います。」とのこと。
今回お二人にお会いするのは初めてだったのですが、事前の社長面談の際、「聴く耳を持たない人」であることは何となく感じていました。ご子息の話をお聴きして、日頃二人の間で行われている会話のイメージは十分につきました。
お気持ちはわからないわけではないものの、今既に42歳で、高校生から幼稚園児までのお子様が3人いらっしゃることを考えると、少々現実味に欠けます。そこで、会社を承継する意味と価値をこんこんとお話ししました。
ご本人も、ご両親の期待、家族の幸せ、そして社員さんへの思いを考えれば、承継する方がよいことはわかっていらっしゃいました。そして、2時間ほどの面談後、「本当は継ぎたかった」との本音を吐露していただいた上で、満面の笑みを浮かべて「頑張ってみます!」と言っていただくに至りました。
その後、再び社長とお話ししたのですが、その発言を耳にしながら、「元の木阿弥」になる不安を感じました。よくある「譲る譲る詐欺」のにおいがプンプンしていたのです。
そこで、できるだけ早く譲ることの意味と価値を繰り返しお話しつつ、継続してサポートをしていかなければならないことを覚悟しました。
一方で、私自身、3年務めた名古屋市南区倫理法人会の会長を昨年8月に退任し、少しばかりの空虚感を覚えていましたので、譲る時期が近づいている人の気持ちが多少わかるような気がしています。特に30年以上社長の座にあった目の前にいる方の何とも言えない感情は、計り知れないものがあります。
19日の日本経済新聞文化欄の「登山大名」という小説に、隠居した藩主の気持ちがつづられていました。
「自分がもう藩主ではないという現実に、耐えがたいほどの孤独を感じた。手指のあいだから時がこぼれていく。時の流れをひきとめるすべはないし、あともどりするすべもない。その虚しさが私を冥(くら)い洞へのひきずりこもうとしている。」
譲る者の気持ちがよく表れていると思います。
譲られる側は、この譲る側の本音をきちんと認識する必要があると感じると共に、私はこれから譲る方に寄り添いつつ、見事な事業承継を実現していただくためのお手伝いをしていこうと改めて思いを強く固めました。